槍ヶ岳 登頂記「見たまんま 感じたまんま」

レベル:
山行日: 2007.09.01
66
標高:3,180m
槍ヶ岳 登頂記「見たまんま 感じたまんま」

槍ヶ岳山荘の辺りから見ると、灰色の砂糖の山にカラフルな蟻が列を作ってほとんど動いていない様に見える。斜面がまるっきり垂直に見え、カラフルな蟻がへばりついているよう。その壁で一匹の蟻が大きく前足、いいや、手を大きく振るのが見える。落っこちてしまいそうで「お願いだから手を振らないでじっとしていて〜!」と心の中で叫ぶ。
そんな感じで登る前からハラハラだった。
さあ、いよいよ自分が登る時がやって来た。あんなに憧れていた山なのに目の前にすると怖気づいてしまう。「なんとかなる。なんとかなる。」と自分に言い聞かせる。
槍ヶ岳登山に出発する前日のニュースで槍ヶ岳で直径1m位の落石によって二人が骨折をしてヘリコプターで運ばれたと聞いていた。その二日後の今日は、槍ヶ岳の入口に「自己責任で登ってください」と張り紙があった。みんな慎重になっているはず、「だから大丈夫」。
参加した「100周年記念に100名山に登ろう」という企画(参加者32人)には5人のガイドがいた。どの人も「せっかくだから登りましょう」とは言わず、「自信のない方は登らなくても良いですよ」と言う。怖ければ登らなくてもいいのだ。それなのに、怖くても足が向かってしまう。
辺りには霧が立ち込め始めた。「寒さ対策は万全。手袋だってはめている。大丈夫。」何かにつけ自分に言い聞かせる。ちょっとずつ、ちょっとずつ登っていく。逆走できないし登るしかなくなってくる。動きが止まることが多く、辺りを見ると岩にしがみつくように花が咲いている。きれいなんだけど写真を撮る心の余裕などない。すぐ近くには鳥だっている。「すずめ?何か違うよね。何だろう。」(後で確認したらイワヒバリだった)と、回りの人と言葉を交わしながら不安を紛らせていた。
登り始めてから間もなく男性の大きな声が。・・・何て言っていたのか全く分らなかった。「ラクー」(落石の時に皆に知らせる)と言っていたのだろうか?声の大きさにビビッてしまった。それから又しばらく登ると下りのルートと登りのルートが一緒になる所に出た。一人の50代らしき女性が「ここまで来たのに怖くて降りられない。・・・絶対に許さない。」と言っていた。何やら連れの男性ともめているらしい。さっきの大声は男性が怒鳴ったのだろうか?男性は余裕の表情だ。怒鳴りあってけんかしているのではないらしい。それでも女性は「こわ〜い。・・・絶対に許さない。」を繰り返していた。係らないように目を合わせず登りルートに移り始めた。すると今度は右側から下ってくる男性に「下りは怖いのに良く登ってくるねぇ。こわいぞ〜。」とからかわれた。やっぱり怖いんだと思ってしまい、そんな思いを打ち消したくて「下りは楽しいって言ってください。」と言い返した。
小槍で踊れるものか!登りルートは岐阜県側(西側)になった。「あれが小槍だよ。」とガイドの「ダンディー小口」さんが教えてくれた。薄っぺらな岩に見えるが、登る人もいるんだとか。考えただけでもぞっとする。恐怖に打ち勝って撮った1枚の写真。
順番は覚えていないが、鎖・杭・はしごの金属製品が岩に取り付けられている。杭は手をかけるのか足をかけるのか良く分からなかったが、必死につかんでよじ登った。杭をつかんだのはいいが脚が一緒についてきてくれるか不安だった。よい〜しょっ。思いのほか脚が上がる。不思議なくらいだ。重い荷物がない分脚が上がるように感じた。
一番安心だと思っていたはしごが意外に怖かった。遠くでゴロゴロと雷の音がして雨がぽつぽつと降り始めた為にはしごが濡れていた。段が滑るのを感じた途端に怖くなり、慎重に一段ずつ確実に昇るようにした。はしごは、一人が完全に昇りきるまで次の人が待つようにしていた。待っている間は雲の中に入っているため何も見えなかった。
頂上のほこらの前で最後の上りのはしごの真下に来た。上のほうからは喜んでいる人の声がする。「あ〜、早く上に行ってこの恐怖心から開放されたい。」さて、私も昇りきった。目の前にある光景は、あの槍ヶ岳の狭い頂上だった。30人でいっぱいになってしまうくらいの広さらしい。狭いのにほこらまである。はしごを昇りきった仲間を拍手で迎え、記念撮影をした。いつまでたっても気が楽にならない。霧が薄くなり下の様子が見えた。こんなにも登ってきたんだと喜び感心しながらも、この高さを下るのかと思うと恐怖心に変わった。頂上から携帯で写メールを送っている人がいた。余裕な人に思えた。
槍ヶ岳山荘を見下ろす頂上からの眺め
下りのはしごに取り掛かる。この時になって気持ちが落ち着き始め、下っていく人の様子も見られるようになった。待っている間槍ヶ岳山荘に向かって大きく手を振る余裕も出てきた。ありがたいことに雨もやみはしごも乾いていた。だが、乾いていてもはしごは滑るような感触があった。下りも慎重に一人ずつ下りて行った。
私たちは2班だったが、3班の女性が怖いから男性の間に入りたいと言って途中に入り込んできた。そうすると安心なのだろうか?
鎖場も慎重に下りよう岩に足を掛け下ると、以外にピッタっとくっつく。「おっ、いける!」安心した。気が楽になり、下りが楽しくなってきた。下の様子もちゃんと見ていられる。降りる順番を待っている間、比較的安定した場所では手を振りたい気分になる。登る前に見た手を振る蟻の気持ちが分かった。本当に下りは楽しかった。あの冷やかしたおじさんたちも実は楽しかったに違いない。
下から見ると過酷そうそれでも間に入ってきた3班の女性は「心臓にダイナマイトが2本入っている〜。爆発しそう〜。」と騒いでいた。自分が余裕のせいかその女性も楽しんでいるように思えた。本当に怖かったらしいが。
槍ヶ岳から無事降りると、まず皆感謝をこめてガイドの小口さんと握手をした。それからお互いの健闘と無事を喜んで握手したり手をタッチしたり。みんなとーってもいい笑顔だった。
下から槍ヶ岳を眺めるとやはり灰色の砂糖の山にカラフルな蟻がへばりついていて、危なっかしく怖く感じた。
ガイドの方いわく、「霧で下が良く見えなかったのが良かったね。」とのこと。今回はガイドの方がいたので登れたように思う。素人だけではやはり不安を感じるだろう。又槍に登りたいかと聞かれたら・・・「う〜〜ん、下から槍の美しさを眺めるほうがいいかな。」が、今の本音。でも、もしも頂上ですっきりと晴れ渡った眺めを見ていたら、そして海が見えていたら間髪入れずに「また登りたい」と言うかも知れない。
 【2007年9月1日回想  アルプスちえみ】