COLUMN

本当は演劇の街でもあるんです
松本は

松本と言えば、音楽の街! 草間彌生の出身地! 工芸の街! 芸術文化に関しては、そういったイメージが圧倒的に強いかもしれません。けれど舞台芸術だって忘れないで、と大きな声を上げたいと思います。もともと松本では、地方演劇祭のはしりとも言える「まつもと現代演劇フェスティバル」が1987年にスタートしました。国内の人気小劇場が集結したことで、それらの作品に刺激を受けた若者が次々と劇団を旗揚げし、20万都市としては異例の劇団数を誇るほどになったと言われています。演劇祭は彼らを中心に「まつもと演劇祭」として現在も引き継がれています。

Nagano Art+ 主宰・代表 今井浩一

大学では油絵を学んだのに、日刊文化通信に就職し、放送業界の取材となる。その後、シアターガイド編集部にて16年過ごし、まつもと市民芸術館広報担当をへて、今は地元でフリーの編集者、ライターとして活動。演劇を軸にしつつも、クラフト工芸、アート、町工場、農業まで幅広く「つくる人・現場」を取材。また、長野県の文化・芸術に関する情報を収集、発信をするサイト NaganoArt+の編集長をつとめる。

堂々たる、まつもと市民芸術館

 

そんな環境に2004年にオープンしたのが「まつもと市民芸術館」です。「建築界のノーベル賞」と言われるプリツカー賞を受賞した伊東豊雄さん(下諏訪出身!)が設計したユニークな建物は松本を代表するフォトジェニックぶりで有名です。特に夜間、松本城の石垣を模した窓が輝く姿は幻想的。よく建築を学ぶ国内外の学生さんなども見学するためにやってきます。

 

「まつもと市民芸術館」で芸術監督を務めるのが1960年代にアングラブームを生み出したお一人、俳優・演出家の串田和美さんです。オンシアター自由劇場を率い、東京渋谷のBunkamuraシアターコクーンの初代芸術監督を務めるなど、日本の演劇界を牽引してきました。

芸術監督とはホールで上演される作品群の芸術性を担保する存在です。日本の芸術監督と言えば、東京芸術劇場の野田秀樹さん、世田谷パブリックシアターの野村萬斎さん、神奈川芸術劇場の白井晃さん、静岡県舞台芸術センターの宮城聰さん、彩の国さいたま芸術劇場の故・蜷川幸雄さんらが有名です。こうしたホールや劇場ではそこで作品を作り、発信しています。よく見てください。大都市ばかりです。そう考えると、松本のすごさが伝わってくるのではないでしょうか。

松本に広がっていく串田和美の境界なき世界

「まつもと市民芸術館」では国内外の魅力ある作品を招へいしていますが、同時に串田監督を中心に松本発の作品をいくつも作っています。串田作品の特徴はすべての境界を取り除いてしまうこと。脚本家や演出家はもちろんいますが、役者やスタッフ、すべてのメンバーのアイデアが素材となっていきます。そうやって出来上がった作品は、演技だけはなく、音楽やダンス、美術とジャンルを融合させた、まさに総合芸術といったものばかりです。しかも時にはステージと客席の境界さえも曖昧にさせてしまいます。その最たるものが、2年に一度上演される『空中キャバレー』です。街中で繰り広げられる大道芸とのコラボは「街が劇場に、劇場が広場に」というコピー通りの状態になっています。

最近は、劇場を飛び出して、野外劇などもひんぱんに開催されるようになり、「街が劇場に、劇場が広場に」は普通のことになってきました。串田さんの視野はきっとまだまだ遠くに広がっていくでしょう。

街が一体となり創り上げる「夏の風物詩」

さて、芸術館と街が一緒になって作り上げていく「信州・まつもと大歌舞伎」も忘れてはいけません。先の『空中キャバレー』&大道芸と交互に行われる、松本の夏の風物詩です。串田芸術監督の演出によって、古典歌舞伎が現代の空気を見事に吸い込んで、ダイナミックに、ケレンいっぱいに繰り広げられるステージは高い人気を誇っています。これは渋谷のコクーン歌舞伎の引っ越し公演ではありますが、「まつもと市民芸術館」大きな空間に合わせた新たな演出や市民キャストが多数参加するなど全く別のものとして生まれ変わります。

その一翼をになってくださっているのが市民はもちろんのこと、県内外からも参加するサポーターの皆さんです。この時期をぜひ体験してください。歌舞伎俳優の皆さん同様、あなたもきっと松本ファンになりますよ。

あとがき

ある平日の10時過ぎ。
人気のない芸術館の入り口に「よし階段のぼるぞー」という声と共に、子供たちの楽しそうな声が響き渡りました。近くの保育園の年少組の子ども達です。誰でも無理なく登りやすい段差低めの幅広な階段は、この日は子ども達のお散歩コースでした。
開場前の興奮を高め、公演後の余韻を楽しめるために作られた大階段を、子ども達はわれ先にと登っていきます。その姿をまだ見ていたくて、彼らの後を追ってトップガーデンにいくと、芝生の上を裸足で駆け回る満開の笑顔がありました。
その日は、何かのリハーサルをトップガーデンに面したスタジオ2で行っていて、子供たちはガラスにへばりついて興味津々と中の様子を見ています。思わず目頭がじんじんと熱くなりました。
そこには、境界線などなにもなく、芸術を肌で感じる環境が息づいているからでした。
なにもない平日も、ここは市民に愛される場所なのです。